Essay エッセー
日々感じたこと思ったことをそこはかとなく日記に書き記して発信していきます。

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12.06.29. 渡航前健康診断

中国赴任前の健康診断を受けてきました。
そこで感心した事があったので、綴っておきたいと思います。

何に感心したかというと、「スピード」です。

9時半から始まって10時半頃には健康診断の検査が終了していました。
(結果報告を受けるのは午後2時半からでしたが)
1時間も掛かったのか、と思われるかもしてませんが、検査項目は
以下の通り多く多岐に渡っている中での1時間。

 ・事前問診
 ・視力
 ・眼底・眼圧、目の写真
 ・聴力
 ・身長
 ・体重
 ・尿検査
 ・肺活量
 ・心電図
 ・血液検査

 ・胃のエコー検査
 ・胃バリウム検査
 ・内科医問診

普通の一般病院であれば半日近く掛かりそうな項目をたった1時間たらずで
やるための工夫がされていると気が付いた事を書き出してみます。

 ①先ず、事前申込制に(自分は9時半からでした)していた点。

  ・そうすることで一定時間に検査できる人数枠以上を受け入れず、
   一定の回転率・効率を維持している

 ②検査項目を大きく2つに分けていた点。

  ・検査項目の内、上の8つはドクターでなくても検査可能で、これらを
   看護婦さんが対応
  
  ・残りの下3つは、ドクターがある一定の時間を掛けて診察をする
 
 ③被検診者の動線の最短化の工夫がされていた点。

  ・先ず、全ての検査は階をまたがずにワンフロアーで全てが完結できる
  
  ・検査項目の上の8つを通路の両脇に順を追って並べ、横の検査に移るか
   通路を挟んだ向かいの検査に移るような流れを作り動線を最短化

  ・検査項目の下の3つは、長方形の少し広い部屋に診察室が各検査につき
   (確か)2部屋づつ設置され、その部屋は、被検診者が診察を待つ長椅子
   を中央にして、その長椅子の回りに配置されていた。
   あとは、TV画面で呼び出しがあった部屋に入って検査を受ける。

 ④各検査担当者が次の検査を指示していた点。

  ・各検査が終わると、次はここにいって下さい、といった指示があり、
   自分で確認しながら動かなくてもよかった。
  ・迷った時は、案内係らしき人が立っていて直ぐに聞ける状態になっていた。

■感じたこと

過去に、食べたものが悪くジンマシンが体中に出たことがあり、直ぐに
一般病院に行きましたが、待合室で相当な時間待たされ、みるみる
悪化していく身体を見るに耐えかねて受付に何度も掛け合って、漸く
見て頂いたことがありました。
そんな経験から、病院運営をもっと効率に出きるだろうとの思いがありました。

今回受けた検診は、健康診断のパッケージの様になっており、検診項目が
決まっているから、その各項目を効率よく流れを組むことが出来たという
側面があることは否定できませんが、一般病院の経営に於いて、非効率
且つ改善の余地がある部分は沢山あると思います。

病院経営には、各専門医が居るため専門分野毎に縦割の組織にならざるを 
得ない部分は理解しますが、横串でそれぞれの専門分野を繋ぐ何かが必要
ではないか
と思います。

それは、物理的な側面でいうと、最新鋭の設備に投資することは一旦横に
置いておいて、例えば、親和性が高く、関係する診察室や治療室
を動線が最短化するように配置したり、平時・有事の作業手順を確立し
浸透させておくことが大切なことだと思います。

また、精神的・心理的な側面で言うと、ドクター自身が専門分野だけに留まらず
横断的に人間をみれるような知識を身につけ、人格を形成してくこと
が大切であると思います。「医は仁術なり」の所以はそこにあるとはずです。
また、どうしても縦割りになりがちな組織をフラットにして患者視点に
立つためには内部間及び患者との「コミュにケーション」活発にするとか
「普段の会話」がなされてそういった場を多く持てているかといった
人と人とのつながりを如何に築いていくかといったことが重要ではないか
と思います。

それは病院経営に限ったことではなく、企業に於いても同様のことだと
思います。「企業は社会の公器」とした松下幸之助さんの言葉とは
裏腹に、企業は資本主義の競争の中で本来の目的を忘れつつあるように
感じてなりません。社会の論理と会社の論理が化必ずしも一致するとは
限らない
何の為に働くのか?何の為に生きているのかの軸を
自分自身がしっかり持っておかないいけない。



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12.06.21. 「安全」に関して

会社の責任者から安全に関してのお話があり、印象深かったので文章で
残しておきたいと思います。

冒頭、安全に関して共通認識として持っておいて欲しいことが3つある、
との出だしで始まりました。

 ①事故は、起こった人だけの問題ではない

  ・被害にあった人だけでなく、その家族やお客様周りに迷惑をかけて
   しまうことになる。
  ・過去にプレスに挟まって亡くなった人がいて実体験として感じる事

 ②絶対安全はない

  ・安心の領域に近づくことは難しい
  ・問題が起こった時に対処するが、それで終わりではない
   変化していかないといけない

 ③安全を品質で置き換えると、品質不良やその危険を防止するには

  ・未然防止→起こってからでは遅い、リスクをどうヘッジするかが重要
  ・再発防止→起こってしまった事に対しては、二度と起こらない様に対策を立てる

  起こった事に対しての分析は素晴らしいが、起こる前にできればもっといい、
  その仕組みができればいい、未然防止型に変えて行かないといけない。


一番大切なことは真因を掴むこと。突き詰めると、それは必ず「人」と「仕組み」
に行き着く。

但し、「仕組み」「手順」「設備」等々「人」が作っていることだから、
突き詰めれば「人」になる。

一人一人が安全に関しての「考え方」「認識」をしっかり持つことが大切。


■感じたこと

日本人は言われた事や指示された事を忠実になるのは得意ですが、自分から
アイデアを出したり、発想して行動することは苦手である
といわれています。

安全・安心・安定した社会や環境を作っていくには、過去に起こったことであれば
対処の方法が分かっているかもしれないが、東日本大震災の様に想定外の自然災害や
放射能といった新たしい類の科学や文明利器に危険が今後発生してくる可能性は多い
にあります。

それらに対処するには、周りから言われた事や指示されたことが必ずしも正しいとは
限らず、危険を察知したら創造力を働かせて「これが起こったらどうなるのか?」
自分の頭で考えることができるようになっておかなければいけない
のではないかと
感じています。


12.06.16 落語の世界

笑工房代表取締役社長/小林康二さんの講演及び桂福車さんの落語を聞いてきました。

落語を聞くのは初めてでした。話のテンポに緩急あって飽きさせず、一人で複数の
役を演じる能力に感心さえられました。

また、落語を演じるている際は、写真撮影は禁止されていて、その理由を最後に語って
おり、「落語を聞いている聴衆は頭の中で想像して楽しんでおり写真のフラッシュで
それが中断されることを避ける為
」との事で、顧客視点と純粋に言葉を商売にしている
プロの視点があるからこそ「笑い」が起こるのかなぁと感じました。

さて、落語は、そこに行って聞くから面白いのであって、書いてもおもしろさは
伝わらないのでこの辺までにして、笑工房代表取締役社長/小林康二さんの講演に
ついて書いてみます。

■先ず、小林康二社長の講演は、初っぱなから笑いをねらった話から始まりました。

 赤い布で覆われた高壇と指さして、「これは高座(こうざ)といいます、銀行口座
 じゃありませんで」といった感じで。

 その他、講演の内容は以下の通り。

・壇上で立って芸をするのは世界にはいくつかあるが、高座で座って芸をするのは
 日本だけ。プロの落語家は日本で750人、江戸落語と上方落語がある。

・漫才の世界の吉本は、NGSの学校を主催して、東京・大阪で各500人づつ入学させて
 いるが、半分は途中でやめていく。漫才は2人でやるので努力する人、しない人が
 いたり、喧嘩別れになる事が多く、長続きしない

  *横道に逸れますが、入学の条件として40万円を前金で払わないといけないようで
 払えない場合はローンの組み方を教えるそうです。それで毎年4億が入ってくる。

 *また、吉本のある常務は本の中で、20名のマナージャーを募集した際、6、000人の
   応募があり、一人5,000円を徴収して30百万円のもうけを出したそうです。

・一方で、落語は一人でやるのでその心配はなく長続きする。
 そして師匠に弟子入りしないとプロの落語家にはなれない。
 笑福亭、林家、桂等々の一門があってこの屋号は、弟子入りしないともらえない。

・3.11の東日本大震災は落語開催がピタッと止まっている、笑いが不謹慎な状況

・そんな中、現在は道頓堀から通天閣の一階に場所を移して落語を開催するも
 ギャラは2人で千円(一人500円)といった非常に厳しい状況。
 大きな講演では講演料30~40万の内、約3割が落語家の懐に入る

・落語家の75%は年収が50万円以下で厚生年金、国民年金なし

・一方で、プロ野球は、プロ野球選手会という労働組合の規約に則った組織があり、
 憲法28条で保障されている労働者の3つの権利、団結権、団体交渉権、団体行動権
 ができるし、最低でも450万円の年収や住居が保障され、年金もある。

 *嘗て、プロ野球でセパをなくす、近鉄をなくす等の話がでたときに、元ヤクルト
  の古田が選手会の団長を勤めており団体行動権の3日間ストを実施してプロ野球
  の試合を止めることができたのはこの労働組合の規約に則った組織があった
  おかげらしい

・芸人の仕事は、基本的にマネージャーが受け、それを芸人に割り振る為、芸人は
 マネージャーに付け届けをして好かれようとする

・落語の世界は師匠に付かないとプロになれないが、師匠の炊事洗濯やマッサージ
 等々の世話役をしても特に何か教えてくれる訳ではない。

 唯一教えられる事が3つある

 ①挨拶をきっちりする事

      人気  実力 
  Aさん  ●   ●
  Bさん  ●   X
  Cさん  X   ●
  Dさん  X   X
  
  上記のAさんが一番優れており、Bさんは論外ですが、BさんCさんとなって時、
  どちらがよいか?
 
  答えはBさん。
 
  何故なら、実力がなくても、人気があれば仕事も回ってくるし、その中で実力
  は鍛えられるから


  また、挨拶は昼でも夜でも「おはようございます」のみ。何故なら、
  「こんばんは」や「こんにちは」はお客さんが「来ん(こん)」に繋がるから

 ②時間を守ること

  芸人は遅刻はしない、一時間前には入っている
  何故なら、遅刻する芸人には仕事を安心して任せられないから

 ③芸は盗め
 
  努力しなさい。人から教えられることを待っていたらいけない
  自分で考えながら身につけることが重要


■最後に、小林社長は、嘗て労働組合の専従を31年間やっており持論を語っておられた

 ・労働組合があるから、人間としてのものが言える

 ・労働組合がない会社は、時間外手当、有給休暇の制度は悉く破られているのが実体

 ・例えば、有給休暇は労働者側の権利として存在するが、会社側にも「時期変更権」
  が認められており会社側から業務の妨げになるとの理由で時期変更を迫られ
  うやむやにされる場合があるそうです。

  しかし、労働基準法第39条には「正常な事業に妨げになる場合」のみ会社側に
  「時期変更権」が認められているのであって「業務」の妨げ程度で有給休暇を否定
  されることはあってはならない
  (がそれを知らないが為に泣き寝入りせざるを得ない事が多々あるようです)

・労働組合とは、基本的人権の砦(とりで)
 人間が人間としていきられるのは労働組合があるから

 
無くなって大切さが分かるのは、「親」と「空気」と「労働組合
  
■感じたこと

落語の世界で教えられることは、ビジネスの世界でも同じこと。
 特に興味をもったのは、落語の世界で、「実力」と「人気」どっちが大切か?
 の答えが「人気」であったこと。


 これは先日松下政経塾の所長のお話で、政経塾の人選では3つ①運②愛嬌③意見
 がありまあしたが、②つ目の愛嬌に通じることで、やはり人の世では人に好かれ
 信頼される人の方が、色んな機会に恵まれ、それによって成長でき、成長させて
 もらえるもの
なのだと思いました。

・また失って初めて大切さに気が付く事に、親と空気と労働組合を挙げておられ、
 そこに組合が入っているのは、小林社長自身31年組合の専従をされた経験値から
 の率直なご意見なあのだと思いました。

 今の労働組合の価値が嘗てほど薄らいでいることは事実かも知れませんが、
 だからといって無価値かといったらそうではなく、労働組合が存在すること
 自体で、健全に労働できる環境が提供され生活できる状態が維持できている

 ことを感じました。

12.06.19. 大切な事、本質的な事

大切な事、本質的な事とは往々にして、大切だと思っていたことが傷つけられたり、
失ったり、そうではないものと遭遇して後から気が付く事が多いと感じています。

海外に行って、初めて自分の事、日本人の事、日本の事を考え始めるように。
不幸せを知って本当の幸せを知るように。

小説家遠藤周作のエッセイから一つ抜粋して置きます。

我々が幸せな時には、自分の幸せに酔っていて、他の存在を忘れがちである。
しかしむかし病気をして苦しかった時、私はベットから窓の外に見える一本のトチの木と
話したものだ。その話は私が死んでも彼が生き残るだろうとわかった時からはじまった。
小鳥の眼があんなに哀しいものであることは知った時、今まで重要視しなかった小鳥の
存在が私の心に入ってきたが、それも病気の時だった。
その頃は、樹も鳥も私に話しかけてくれた。私たちの間には幸せだった時にはない交流
が成立していた。しかし病気が回復してみると会話は少しづつ消えていった。

私は自分以外のこれらの存在を忘れがちになっていたのだ。日常生活のなかに
「しーん」とした人生を挿入するのは苦しみである。そういう苦しみを多少でも持って
いる人間には、その多少に応じて、他の「しーん」としたもの、絵でも踊りでも音楽でも
わかるだろう。なぜならそれらは我々を酔わせるものではなく、ふたたび心を覚醒させる
ものなのだから。

もう一つ、ヘレン・ケラーの言葉も載せておきます。

個性は、安らぎや静けさの中で生まれるものではありません。
試練や苦しみを経験することでのみ、魂が鍛えられ、洞察力が研ぎ澄まされ、
野心が鼓舞され、成功が手に入るのです。

Character cannot be developed in ease and quiet.
Only through experience of trial and suffering can the soul be strengthened,
vision cleared, ambition inspired, and success achieved.

物事の本質は逆説的に知ることが多い。
何故なら物事は相対化してみないと見えてこない側面があり、対になる状態を経験
しないと見えていない側面があるからです。
普段見えるものは水面上にあってみんなも見ていますが、大切なこと、本質的なことは、
水面下にあって、苦しいけれど深く深く潜ってみないと見えてこないもの
だと思います。



12.6.6 松下政経塾見学

6/5 国会見学の翌日、6/6 神奈川県茅ケ崎にある松下政経塾を見学してきました。

(国会見学の様子はまた次回アップしたいと思います)

松下政経塾は、1980年4月1日に開塾し現在252人の卒塾生がおり、
その中には現総理の野田佳彦さんや外務大臣の玄葉光一郎さん等々言うに及ばず
多数の為政者を輩出しています。

昨今、政治が混迷している中で、メディア等から政経塾出身者の批判がありますが
設立者松下幸之助さんの思いを受け継いでいる卒塾生たちは、理想と現実の狭間で
もがき苦しみながらも、きっとよりよい日本になることを胸に日々努力している
のではないかと思いました。

その幸之助さんの思いとは、1979年に書かれた下記の設立趣意書から伺えるのでは
ないかと思います(一部抜粋・要約)。

物的繁栄の裏側では、返って国民の精神は混乱に陥りつつあり、帰するところ
 国家の未来を開く長期的展望にいささか欠けることによるのではないか?
 国家国民の物心一如の真の繁栄をめざす基本理念を探求していくことが何より
 大切である。しかし立派な基本理念が確立されても、力強く具現していく
 為政者をはじめ各界の指導者に人を得なけば、これはなきにひとしい。
 この観点から真に国家を愛し二十一世紀の日本をよくしていこうとする
 有為の青年を募り、研修、調査、研究、啓蒙活動を行う松下政経塾の設立を
 決意した

  

■事務局次長からの松下政経塾の概要のお話のポイント

 ・創立32年、松下幸之助さんが84歳の時に、日本良くしていこうという青年を
  鍛える場として設立
 ・政治家を目指すための塾ではない。結果論として政治家になる人がいる
 ・国家にも経営の考えが必要と幸之助さんは考え、塾生にも経営感覚を養ってもらう
 ・自修自得が塾の眼目、自分の発意が大切
 ・現地現場に行き、一番苦労している人を接することが大切

 ・自分の身辺の掃除ができない人が政治をきれいにできない
  塾内に「楠」が植えられているのは、葉が落ち掃除をしないといけない環境を
  つくる為と考えられ植えられた
 ・幸之助さんは、学歴がなかったから「素直」になれたと仰っている
  素直とは、私心なく、くもりのない心、とらわれない心、物事の本質をありのまま
  に見ること、自分の利害、感情、先入観にとらわれない 

  また、不自由、不親切の環境の方が人は育つとも仰っていた

 ○途中、松下幸之助89歳時 塾主講話というVTRを見ました。

 ・戦後30年ものが増え復興を初めている。しかし本質的には復興したのかといったら
  まだそうとは言えない。
 ・政治が良い悪いは、戦争に勝った負けたより怖いこと。
 ・松下電機は政治の一員として生産(活動を)している。
 ・平等に政治に口出しして提言をする
 ・良い政治には、良い政治家が必要
 ・本当の政治はこうあるべきだと研究する場、人を集めて教育する
 ・日本の運命と共にする
 ・自らを自らでつくり、宮本武蔵は聖剣になった。自修自得、教授はいらない
  政治の宮本武蔵が生まれる


■続いて塾構内見学
 
 ○建物
 ・某K建設会社への建設要求は、たったひとつ「民主主義」らしさ
  結果として、ギリシャアテネ、地中海風の建物をなったらしい
 ○茶室
 ・茶室の床の間には、創業者直筆の「素直」の掛け軸が飾られていた
 ○寮棟
 ・塾生の寮はワンフロアーの4つ角に4つの個室、中央に共有の和室がある。
  4つの個室はどれも同じ大きさで机・ベット・本棚等々最低限のものがある
 和室には「大忍」の文字が書かれた色紙が額に納められ壁に掲げられていた。
  「大忍」の文字の発端は、先般なくなられた山下社長が4人の副社長を抜いて
  社長になられた創業者が渡したようです。
  そこに込められた思いは「指導者になる者はこの資質がないといけない」
 ○衆知の庭
 ・「衆知の庭」には、一角にスピーカーズコーナーがあり、上に立って演説する為
   の大きな石が一つと、座って聞くための大きな石が数個半円状に置かれている 
 ○アーチ門
 ・正門入口に描かれたモニュメント「明日の太陽」は作者は彫刻家「加藤昭男」先生
  何故、加藤先生が選ばれたかというと、幸之助さんが3人の方に、このモニュメント
  の案の作成を依頼した際に3人から以下のような返答が返ってきたようです。 
  一人目、「如何ようにでもつくります」
  二人目、「こんなでかいのは予算はいくらでしょうか?」
  三人目、設立趣意書を熟読し「その趣旨からこうだと私は考えた」との提案
  *この三人目が加藤先生だった
  また、そのモニュメントに描かれているものにはそれぞれ意味が込められている
  (1)左には[力の象徴]の男性、手にはヒマワリを持っており「花言葉は情熱」
  (2)右には「愛の象徴」の女性、手のひらを「平和の象徴」である鳩が飛び立つ
  (3)中央に政経と書かれた太陽がサンサンと輝く
  「この門をくぐる者は、どんな困難に出会おうとも、愛と平和と正義と勇気で
   太陽に向かっていく」といった思いが込められている。  
 ○黎明の棟
 ・棟の上にある「鐘の音」に相当を拘ったようです。
  善い人も悪い人もこの音を聞いたら善意が芽生えるような音、澄み切った音。
  そんな思いで作った鐘も、実際には使用されておらず、結果的にはシンセ
  サイザーでつくった鐘の音を使っているようです。
  *講義中に実際に数回この音を聞いたが、少し長く高めで染み入るような音でした。
  実際には、棟の上の鐘は使われていないようですが、一度だけ鐘がなったと
  言われていて、それは、東北大震災3.11の揺れで、鐘が揺れ自然に鳴り始め異様な
  音を発したようです。
 ○幸之助さんの銅像
  ・下から見上げてもバランスが釣り合うように顔が大きめに作られる
  ・海外でも幸之助さんは人気があり、中国人がよくこの前で写真を取っている

■政経研究所所長のお話

 此方からの質問に回答する形式で行われた

 ①政経塾は何を持って成功とするのか?
 
 ・幸之助さんは端的に仰っている「本当に経営ができる政治家が一人でも
  出せればいい」
総理を輩出しようとは言っていない。
 ・政治を経営・マネジメントとしてみる
  「経営ができる」とは、例えば、税金を下げれば、低福祉となり、逆に税金を上げれば
  福祉を手厚くできると常識的には考えるが、幸之助さんは、税金は低く抑えても福祉
  は手厚くさせるのが経営の発想、究極的には無税でもいいという帰結点。

 ・企業には「経営理念」がある、国家の経営理念として「国是」の考え導入
  嘗ては政治は「統治」するとの考えで行われていたが、「マネジメント」の考え、
  そして政治に「経営理念」の考えを取り入れようとした第一人者が幸之助さん
 ・知っている人ではなく、できる人を育てる 自分の頭で考え、自ら動ける人 

 ②何故、年齢制限が35歳なのか?

 ・人間には「伸びしろ」がある(大きく伸びる時期がある)
  男性は35歳、女性は30歳、それは体力的な限界による
  朝から研修、夜まで討論会があったりと体力的にきつい
  (因みに、252名の卒業生二十数名女性のOBがいるようです)
 ・1期~10期は30歳迄の年齢制限をしていて当時は学卒者が殆どだった
  11期以降35歳迄に拡大(所長は12期生)
  年齢制限を拡大した背景は、当時政経塾ができて10年経っても政治家が殆ど出て
  いない状態で、社会人を選抜することで社会の現場でどうにもならない事をすぐに
  政治の世界に反映できるような即戦力を選抜する為
  それに伴い、11年目からSchool(学校)ではなく、Institute(研究所)と呼び名が改称
 ・1期は903人の応募の中23人が合格、12期は100人の応募の中から2人合格だが
  大体倍率は30~40倍に結果的になっている
 
 *現在は、60歳以上や女性限定のカリキュラムの構想、今の教育ではリーダーは
  生まれないので小中高大を対象としたカリキュラムの構想もあるそうです
  (現時点では未定)。 
  
③塾生の採用基準は?

 塾生の求められる資質は3つ

 (1)運 (2)愛嬌 (3)意見  
 
 (1)運  例えば、「アフリカ支店を出すけど行ってくれんか」と言われた時
      ここで悩む人は運がない、その場で行くと言う人は運がある
     (機会を活かして自分の運命を切り開いていくといった感じか)

 (2)愛嬌 人に好かれないとリーダー・指導者にはなれない

 (3)意見 自分の意見が言える人
      何故なら自分の意見をいう事には責任が伴うから



 ○現首相の野田佳彦さんの入塾選考はこんな感じだったらしい

 ・幸之助さんからの質問に野田さんが回答する場面
  (1)「お父さんは政治家か」 「いいえ、自営です」
  (2)「家はお金持ちか」   「貧しいほうです」
  (3)「誰か支援してくれる人はいるか」 「おりません」
  *議員になるための常識として上から(1)地盤(2)カバン(3)看板が必要ならしい   
 ・幸之助さんの反応は「素人か、それええな」
  ●素人だからこそのメリットがある。既成概念に囚われない考えができる
、との意
  
 ・また、入塾した際に、野田さんから「3バンがない人が選ばれたのは何故?」と質問に
  「わしは政治は素人や、今の政治を見ていると素人の私でもほっとけなんだ」 
  「今の政治を見ていていいと思うか、よくないと思うか、良くないことは素人の方が
   変えやすい」
 
 ・因みに、野田さんの街頭演説をする際のキャッチフレーズは
  「3バンないが、されど正義と良き友あり」

 ○少し話がそれますが、茶室で幸之助さんが怒ったことがあったという

  塾生が販売研修に行って、そこで気が付いたことを幸之助さんに報告した際、
  塾生からはパンフレットはこうした方がいい、セールストークは、こうしたら
  もっと売れるといった批評や提案ばかり、そこで

  「同じ看板、同じ商品を扱っていて何で売り上げに違いがでるのか」

  「単なる電気屋に行かせている訳ではない、中小企業では、如何に従業員に
   働いてもらうのが難しいか、120%人を活用してほしい、現場で人情の機微
   を学んでこい」
 「熱い思い、熱意があると人は変わる」
   
  このことを学んできなさいと論したという

④素志研修とは?

 ・自分が志したテーマを現場で体験し、それを持ち帰って仲間や有識者と協議して
  磨いて行く作業  (志を磨くといよりは、テーマを深堀していく感じがした)
 ・志とは、野心、野望とは違う。政治家にならないとできない、は違う
  自分の事だけではない、自分の事を越えたもの

 ○少し話がそれますが、「素直な心」とは「融通無碍な心」の事で
  幸之助さんは商売は、丁稚奉公から学んだを言われており
  旦那の癖まで、良いも悪いも全て吸収する必要がある、
  例えるなら、瓶の中は全部からにしないと全部入れられない
  一旦全てを空にして、すべてを受け入れてしまう、あとどう活かすかは経営者次第 
 ・聞くとは知恵を頂くこと
  上得意の声は聞くが、一元の声を聞かない、ではいけない
  
 ●地位や名誉が高くなると耳は閉じいていくのが人間のサガ
  聞くとは、人を受け入れること。技術で教えることはできない、心の問題
  人に対する愛情とか関心があるかどうか
  (Talkは技術の側面があり話し方教室があるように教える事ができる)



■感じたこと

政経塾では、常設の講師や教授はおらず、「自修自得」を原則としていました。
つまり、自分で問題意識を持って自らが自問自答しながら考えて行動する、
そのサポートをする場として政経塾がある、とのスタンス。
入塾選考基準が3つありましたが、もっと本質的には、自らの強い内発的な思いが
あれば、それら3つの資質はついてくるのではないかと思います。
何故なら、その自らの思いを叶えるには、人の協力を得ないといけませんし、
その為には自分の意見をしっかり語ることも必要になってきます。また、思い
が強ければ強い程、外への積極性も増し必要な人と巡り合う確率も高まるので
運も付いてくると思います。

この強い内発的な思いを持つ人が現代では少なくなってきているのではないかと
思います。その背景には、幸之助さんが仰っていた「不自由・不親切の環境の方が
人は育つ」といっていた事にヒント
があるのではないかと感じます。

物事は必ず二面性を持っており、豊かになればなるほど、自分で考えたり、自分で
苦労して何かを行うといった機会が減ってきます。

幸之助さんも幼少に丁稚奉公に出されましたが、そこでの苦労が商売の学びの原点を
なって「水道哲学」等の内発的な思いを持つに至ったと思います。

そう考えると、今の自分の安全地帯から一歩外に歩み出す、それは違う部署かも
しれないし、海外かもしれないし、外に出たその時に自分の心の奥底に感じた事は
何かを考え、その思いを胸に行動していく事が大切になってくるのではないかと
思います。それは成人してからのことでなくてもよくて、如何に幼少期から自分の
内に熱い思いを持って、自修自得の考えで行動できるか、そういった人をどうやって
育てていくか、今後の日本の未来を大きく左右することになるのではないかと思います。


幸之助さんがある朝、茶室で調子が悪そうに目を真っ赤にしている事があり
その理由を世話役の塾生が聞くと「日本の未来を考えると眠れなかった」との返答が
返ってきたそうで、晩年になっても日本の将来を憂い心底心配していた表れです。
幸之助さんが思い描いた日本には、今はまだ程遠いのかもしれませんが、幸之助さん
の内発的な思いがなした事、それは、1918年に「ものづくり」松下電器創、1946年
には「理念づくり」PHP研究所の設立、1979年に「国家経営を考えれる指導者づくり」
松下政経塾を設立したことは、非常に偉大なことだと改めで感じさせられました。

余談ですが、政経塾創設が幸之助さん85歳の時で、それ以降の発言発声は紀州弁と
御高齢が相まって聞き取り難く為、現在石川金沢の紀州弁がわかる人に御願いして、
晩年の声を解読しているようですので今後更なる展開が期待できそうです。

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