Essay エッセー
日々感じたこと思ったことをそこはかとなく日記に書き記して発信していきます。

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12.06.05. 国会見学会


少し時間が経ってしまいましたが、6月の初旬に国会議事堂を見学してきました。
また大臣との面会、現在衆議院議員として活躍されている方との懇談会や夕方の
食事には大臣も駆けつけて頂いて、非常に貴重な経験をさせてもらいました。

国会議事堂は、大臣の政策秘書をしている方と、アメリカの海軍の大尉?で
現在交換留学で秘書を勤められている女性の方が国会内を案内してくれました。

■国会議事堂内の案内

 <国会>

 ・国会開会は、日本国憲法で天皇が開くことになっている
 ・議員の控え室前の廊下の壁で腰の辺りに位置する壁の色が線状に白っぽく
  はげていた。それは番記者がその壁に寄りかかっていてその寄りかかった場所
  の壁の色がはげて白っぽくなっている
 ・議員専用のエレベーターがある
 ・議長室という部屋があって歴代の衆議員議長の肖像画が飾ってあった
  (河野洋平さん、綿貫さん等)
 ・衆議院会議場は本会議が開かれるメインの会場で、掃除機は最新の壁埋め込み式
  壁に掃除機のホースを挿す場所がありゴミは壁の中に吸い込まれ中央に集められる
 ・衆議院議場は手前から若手議員で後へ行けば行くほどベテランが座る。
  後ろの中央付近は基本、閣僚(現役大臣)が座り、すぐ後ろに扉があり、
  何かあったらすぐに外に出れる状態になっている
 ・大臣は天皇しか任命できない(官房長官から宮内庁長官を経由し天皇へ任命依頼)
 ・任命の際の判子は半端じゃない程大きい(国立公文書館に実物がある?)
 ・衆参議員、国会スタッフは合わせて3,000人程いる
 ・国会では、衆議院から入った場合、参議院の建物へは入れない
 ・国会の中央には、議会政治確立に功労のあった韓国で暗殺された伊藤博文、
  自由民権運動を行った板垣退助、それから大隈重信の銅像がたっており、
  4つ目の銅像用に土台は用意されているが銅像はない。
  理由は、我こそは4人目になろうというモチベー ションを高めるためだとか
 ・国会は1936年に建設完了されたが建設開始は1920年で17年も費やした
 ・国会は地上3階、地下1階
 ・その頃?帝国議会→国会へ、大日本帝国憲法→日本国憲法へと移り変わっていった
 ・国会の中央広間の天井は中が空洞のピラミッド型で、伊藤博文が暗殺されたことに
  対しての鎮魂の為の霊廟(れいびょう)と言われている
 ・国会は和洋折衷、中央広間のステントグラスは、大英帝国から輸入したもの
  建物で使用されている石は国産
 ・中央広間のタイルは20万個以上も使用、飾られている絵は普通の学生が描いたもの
 ・中央広間の電球は、天皇の影を踏まない為に上向きに設置されている
  (下向きであれば人影ができてしまう)
 ・普段中央玄関は使用しないが天皇がくる時に赤絨毯を引いて通る
 ・衆議院議員の事を通常は代議士と呼ぶ
 ・国会内には、酸素ボックスがあり、議員だけしか使えない
 ・(あまり関係ないですが)昼食は、国会内の食堂で有名な?「カツカレー」を食べた

 <国会討論見学>

 ・実際の国会討論を見学「社会保障と税の一体改革」をテーマに岡田さん安住さん
  が答弁していた
 ・国会会議場へいくには、荷物をロッカーに預け、警備員のいるセキュリティー
  を通って、別の警備員から黄色い札をもらって胸に付けて入った
 ・会議場に入る祭に議員皆が一礼して入っていた

 <SP> 

 ・大臣を護衛するSPは一般の警察官とは管轄される省庁が異なる為(治外法権)、
  国会内でSPは礼儀としてSPバッジは裏返している。
  (若いSPは面倒くさがってバッジを裏返してないパターンが多いようです) 
 ・尚、SPはいつでも腰の拳銃を抜けるように背広のボタンはしめない
 ・髪型も統一されている。
 ・大臣曰く、トイレの中まで入ってくる。
 ・大臣クラスの車の助手席にはSP用にもう一つミラーがついている
 
■衆議院議員(代議士)との懇談会

 <経歴>
 
 ・大学卒業後、鉄道会社に入社、2002年に松下政経塾の入塾、2003年に当選
 ・鉄道会社勤務時代には、駅員、電車の運転手、新幹線の座席の卸等々を経験
 ・平成15年に初当選して現在3期目
 ・国土交通大臣政務官→国土交副大臣を経て、現在は民主党国会対策筆頭副委員長
  
 <政治に興味を持つキッカケ>

 ・結婚し子供が産まれ、政治に興味を持った
 ・職場の仲間の為に問題を解決したいとの思いで労働組合で活動
  社員4万人で100人程しか女性がいない中で女性視点の制度が不備の為、是正活動
  産前産後の育児休暇、更衣室の設置、制服の見直し、生理休暇制度導入等々実施
 ・時短勤務を会社に提案した時、会社からは「法律の最低限はやっている」と
  言われルールを変えるには政治家になるしかないと思った

 ・政治家や官僚からの2世3世は衆議員数480人の中で255人の過半以上に違和感
 ・また当時平均年齢が55歳にも違和感(自身は現在40歳でまだ若い)
 ・子供も居たが、会社を辞め、国の有り様、政治について学びたいと思った

 <国会議員としての活動内容>

 ・国土交通省では、治水・下水や住宅エコポイント・耐震性基準等々担当
 ・また関越のバス事故問題や、タクシーの労働環境も範疇内
 ・空港港湾の競争力強化も取り組んでいる
  空港・ビル・駐車場、それぞれ違うところが経営、空港経営のあり方の見直し
 ・日本の港湾は、今は24時間積み降ろしがでず、韓国プサンの港湾に負けている
  神戸港で24時間できるようにする、また、港湾の民営化に取り組んでいる
 
 ・選挙区内の全ての幼稚園・小学校・中学校エアコンの設置を実施
  学力が1番の市にする、塾に行かなくても夜間学校に来て勉強できるようにする
  その地区は日本有数のエアコンの生産地、エアコンへ興味関心が向くように

  *学校の図書館の利用率が高い → 学力があがる (相関あり)
  *公共の町の図書館が賑わっている → 治安がいい (相関あり)


 ・交通をブラッシュアップ、リニューアルに取り組む
  これまで電車の普通しか止まらなかった駅に新快速を止まらせ、
  そこから次世代型の路面電車を走らす(先ずは私立大学へ結ぶ計画)
 ・年を取っても車に頼らなくてもよいようにJRの駅をつなぐ
 ・日本は車社会で車中心に道路が作られたが、イスタンブールにはバス専用道が
  あったり、韓国では李明博大統領が市長の時バス交通を充実させた

 <質問>

 ①会社を辞めて政治の世界を目指した時の気持ちは?

 ・30歳で決断、3人目の子供がお腹の中、父が病気で2年後に亡くなる。
  人の為に仕事がしたいと思った
 ・何の算段も、勝算もなかったことが返ってよかったのでは、
  それで回りから応援されたのではないか


 ②松下政経塾での経験は?

 ・政経塾で学んだ3つの事
 
  (1)現場が大切→現場実習 
  (2)凡事徹底→朝掃除がある、今でも朝チラシ配りの前事務所の掃除をする
  (3)日本を学んだ→茶道・書道・日本の文化の深さは類を見ない
 
 ・100Km行軍という24時間で三浦半島一周100Kmを歩く鍛錬があり、
  ペース配分は自分たちで任され一組3人で話し合いながら進む
  このお陰で政治家になってからビラ配り個別訪問でどんなに歩いても
  歩くことに疲れない
 ・政経塾は何を基準に人を採用するのか? → 運と愛嬌のある奴
  運は、自分が運はいいと思っている人は運がいい(禅問答のようだが)
  何故なら、運は自分以外の要因であり、運がいいと思うには謙虚で
  「お陰様」と思っているはずだから

 ・教育に力点を置こうと取り組む。政経塾1年目から教育実習を行う
  公教育と家庭教育をつなぐことと考える
 ・政経塾入塾前は近所等に身辺調査があったという
 ・寮は2人1部屋、オランダ人がペアだった

 ③これまでの受けた教育で役にたった事は?

 ・中学校が地区で一番荒れていた学校でそこで生徒会をやったことが役にたっている
  いい人も悪い人もいて同じ方向に行くことの大切さを経験。そこからくる哲学
 ・その学校が荒れてるから嫌で私学にいく人がよくいるが、それは一時的に
  その場しのぎで離れることができてもいづれ社会に出れば避けることができない

 ・だから小沢さんや野党の考えを全て否定ではなく、言い分にも一理あると思う

 ④政治家としての夢は?

 (1)電動リニアを走らす
 (2)日韓トンネルを作る

 新しい交通インフラを整えること

●最後に、次のようなコメントがあったのは冒頭に政治家に対して2世3世に
  違和感を覚えた自身の気持ちを一貫していると感じた

  次の国会議員を探す、誰かに譲ることを考えている
 多くの人の事は多くの人が担うべき


■感じたこと

 政治は、TVやニュース等で国会・政況が報道されているが、自分たちとは
 別の世界の人たちがやっている、少し遠い世界のように正直感じていました。
 然しながら、国政に取り組んでいらっしゃる方々と直接お話しをさせて頂き
 真剣に国の事を考えて取り組んでいらっしゃる姿を見て、自分達は傍観者
 じゃいけない、日本という国を支えているのは自分達国民一人一人である
 ことを改めて感じさせられました。
 
 自分は、民間企業で働いている一個人に過ぎませんが、自分の思考の枠を
 一企業の枠からだけでなく、日本という国の枠からも捉え直さなければ
 いけない、「日の丸」を背負っている事を自覚しながら働いていく必要が
 ある
、「この国のかたち」を作り支えている方々をお会いしてそんな思いが
 しました。

 また、もう一つ現在の政況を見ていて、意思決定、そしてその実行ができて
 いない国政では色んなしがらみがあって社会をよくしようと思っても変えれない、
 「社会を変えるには民間(企業・NPO等々)から変える方が早い」そんな先入観を
 持っていました。


 しかし、代議士との懇談会を経て、ルールを変えたり作ったり、また街や市町村、
 県や国といった大きな単位で良くするには、政治家個人に強い思いがあれば、
 その思いが力となって、変えていくことができる
のではないかと思いました。
 

 経営者の役割は、ビジョンを示し社員を導いていくことだと思いますが、それを
 政治家に置き換えると、政治家の役割は、世界の中で国家のビジョンを示し、
 国民を導いていく
ことになるかと思います。政策秘書の方から、嘗て何年も
 信頼が厚く幹事長を勤められた方から、政治家として、大切な3つ資質があると
 伺いました。

 ①人の痛みが分かる事 ②高い志がある事 (③失念。。)

 いつの時代も、責任のある役割を担う人、人の上に立って導いていくリーダーに
 求められるものは変わらない
のかなぁと思います。 



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12.06.21. 「安全」に関して

会社の責任者から安全に関してのお話があり、印象深かったので文章で
残しておきたいと思います。

冒頭、安全に関して共通認識として持っておいて欲しいことが3つある、
との出だしで始まりました。

 ①事故は、起こった人だけの問題ではない

  ・被害にあった人だけでなく、その家族やお客様周りに迷惑をかけて
   しまうことになる。
  ・過去にプレスに挟まって亡くなった人がいて実体験として感じる事

 ②絶対安全はない

  ・安心の領域に近づくことは難しい
  ・問題が起こった時に対処するが、それで終わりではない
   変化していかないといけない

 ③安全を品質で置き換えると、品質不良やその危険を防止するには

  ・未然防止→起こってからでは遅い、リスクをどうヘッジするかが重要
  ・再発防止→起こってしまった事に対しては、二度と起こらない様に対策を立てる

  起こった事に対しての分析は素晴らしいが、起こる前にできればもっといい、
  その仕組みができればいい、未然防止型に変えて行かないといけない。


一番大切なことは真因を掴むこと。突き詰めると、それは必ず「人」と「仕組み」
に行き着く。

但し、「仕組み」「手順」「設備」等々「人」が作っていることだから、
突き詰めれば「人」になる。

一人一人が安全に関しての「考え方」「認識」をしっかり持つことが大切。


■感じたこと

日本人は言われた事や指示された事を忠実になるのは得意ですが、自分から
アイデアを出したり、発想して行動することは苦手である
といわれています。

安全・安心・安定した社会や環境を作っていくには、過去に起こったことであれば
対処の方法が分かっているかもしれないが、東日本大震災の様に想定外の自然災害や
放射能といった新たしい類の科学や文明利器に危険が今後発生してくる可能性は多い
にあります。

それらに対処するには、周りから言われた事や指示されたことが必ずしも正しいとは
限らず、危険を察知したら創造力を働かせて「これが起こったらどうなるのか?」
自分の頭で考えることができるようになっておかなければいけない
のではないかと
感じています。


12.06.16 落語の世界

笑工房代表取締役社長/小林康二さんの講演及び桂福車さんの落語を聞いてきました。

落語を聞くのは初めてでした。話のテンポに緩急あって飽きさせず、一人で複数の
役を演じる能力に感心さえられました。

また、落語を演じるている際は、写真撮影は禁止されていて、その理由を最後に語って
おり、「落語を聞いている聴衆は頭の中で想像して楽しんでおり写真のフラッシュで
それが中断されることを避ける為
」との事で、顧客視点と純粋に言葉を商売にしている
プロの視点があるからこそ「笑い」が起こるのかなぁと感じました。

さて、落語は、そこに行って聞くから面白いのであって、書いてもおもしろさは
伝わらないのでこの辺までにして、笑工房代表取締役社長/小林康二さんの講演に
ついて書いてみます。

■先ず、小林康二社長の講演は、初っぱなから笑いをねらった話から始まりました。

 赤い布で覆われた高壇と指さして、「これは高座(こうざ)といいます、銀行口座
 じゃありませんで」といった感じで。

 その他、講演の内容は以下の通り。

・壇上で立って芸をするのは世界にはいくつかあるが、高座で座って芸をするのは
 日本だけ。プロの落語家は日本で750人、江戸落語と上方落語がある。

・漫才の世界の吉本は、NGSの学校を主催して、東京・大阪で各500人づつ入学させて
 いるが、半分は途中でやめていく。漫才は2人でやるので努力する人、しない人が
 いたり、喧嘩別れになる事が多く、長続きしない

  *横道に逸れますが、入学の条件として40万円を前金で払わないといけないようで
 払えない場合はローンの組み方を教えるそうです。それで毎年4億が入ってくる。

 *また、吉本のある常務は本の中で、20名のマナージャーを募集した際、6、000人の
   応募があり、一人5,000円を徴収して30百万円のもうけを出したそうです。

・一方で、落語は一人でやるのでその心配はなく長続きする。
 そして師匠に弟子入りしないとプロの落語家にはなれない。
 笑福亭、林家、桂等々の一門があってこの屋号は、弟子入りしないともらえない。

・3.11の東日本大震災は落語開催がピタッと止まっている、笑いが不謹慎な状況

・そんな中、現在は道頓堀から通天閣の一階に場所を移して落語を開催するも
 ギャラは2人で千円(一人500円)といった非常に厳しい状況。
 大きな講演では講演料30~40万の内、約3割が落語家の懐に入る

・落語家の75%は年収が50万円以下で厚生年金、国民年金なし

・一方で、プロ野球は、プロ野球選手会という労働組合の規約に則った組織があり、
 憲法28条で保障されている労働者の3つの権利、団結権、団体交渉権、団体行動権
 ができるし、最低でも450万円の年収や住居が保障され、年金もある。

 *嘗て、プロ野球でセパをなくす、近鉄をなくす等の話がでたときに、元ヤクルト
  の古田が選手会の団長を勤めており団体行動権の3日間ストを実施してプロ野球
  の試合を止めることができたのはこの労働組合の規約に則った組織があった
  おかげらしい

・芸人の仕事は、基本的にマネージャーが受け、それを芸人に割り振る為、芸人は
 マネージャーに付け届けをして好かれようとする

・落語の世界は師匠に付かないとプロになれないが、師匠の炊事洗濯やマッサージ
 等々の世話役をしても特に何か教えてくれる訳ではない。

 唯一教えられる事が3つある

 ①挨拶をきっちりする事

      人気  実力 
  Aさん  ●   ●
  Bさん  ●   X
  Cさん  X   ●
  Dさん  X   X
  
  上記のAさんが一番優れており、Bさんは論外ですが、BさんCさんとなって時、
  どちらがよいか?
 
  答えはBさん。
 
  何故なら、実力がなくても、人気があれば仕事も回ってくるし、その中で実力
  は鍛えられるから


  また、挨拶は昼でも夜でも「おはようございます」のみ。何故なら、
  「こんばんは」や「こんにちは」はお客さんが「来ん(こん)」に繋がるから

 ②時間を守ること

  芸人は遅刻はしない、一時間前には入っている
  何故なら、遅刻する芸人には仕事を安心して任せられないから

 ③芸は盗め
 
  努力しなさい。人から教えられることを待っていたらいけない
  自分で考えながら身につけることが重要


■最後に、小林社長は、嘗て労働組合の専従を31年間やっており持論を語っておられた

 ・労働組合があるから、人間としてのものが言える

 ・労働組合がない会社は、時間外手当、有給休暇の制度は悉く破られているのが実体

 ・例えば、有給休暇は労働者側の権利として存在するが、会社側にも「時期変更権」
  が認められており会社側から業務の妨げになるとの理由で時期変更を迫られ
  うやむやにされる場合があるそうです。

  しかし、労働基準法第39条には「正常な事業に妨げになる場合」のみ会社側に
  「時期変更権」が認められているのであって「業務」の妨げ程度で有給休暇を否定
  されることはあってはならない
  (がそれを知らないが為に泣き寝入りせざるを得ない事が多々あるようです)

・労働組合とは、基本的人権の砦(とりで)
 人間が人間としていきられるのは労働組合があるから

 
無くなって大切さが分かるのは、「親」と「空気」と「労働組合
  
■感じたこと

落語の世界で教えられることは、ビジネスの世界でも同じこと。
 特に興味をもったのは、落語の世界で、「実力」と「人気」どっちが大切か?
 の答えが「人気」であったこと。


 これは先日松下政経塾の所長のお話で、政経塾の人選では3つ①運②愛嬌③意見
 がありまあしたが、②つ目の愛嬌に通じることで、やはり人の世では人に好かれ
 信頼される人の方が、色んな機会に恵まれ、それによって成長でき、成長させて
 もらえるもの
なのだと思いました。

・また失って初めて大切さに気が付く事に、親と空気と労働組合を挙げておられ、
 そこに組合が入っているのは、小林社長自身31年組合の専従をされた経験値から
 の率直なご意見なあのだと思いました。

 今の労働組合の価値が嘗てほど薄らいでいることは事実かも知れませんが、
 だからといって無価値かといったらそうではなく、労働組合が存在すること
 自体で、健全に労働できる環境が提供され生活できる状態が維持できている

 ことを感じました。

12.6.6 松下政経塾見学

6/5 国会見学の翌日、6/6 神奈川県茅ケ崎にある松下政経塾を見学してきました。

(国会見学の様子はまた次回アップしたいと思います)

松下政経塾は、1980年4月1日に開塾し現在252人の卒塾生がおり、
その中には現総理の野田佳彦さんや外務大臣の玄葉光一郎さん等々言うに及ばず
多数の為政者を輩出しています。

昨今、政治が混迷している中で、メディア等から政経塾出身者の批判がありますが
設立者松下幸之助さんの思いを受け継いでいる卒塾生たちは、理想と現実の狭間で
もがき苦しみながらも、きっとよりよい日本になることを胸に日々努力している
のではないかと思いました。

その幸之助さんの思いとは、1979年に書かれた下記の設立趣意書から伺えるのでは
ないかと思います(一部抜粋・要約)。

物的繁栄の裏側では、返って国民の精神は混乱に陥りつつあり、帰するところ
 国家の未来を開く長期的展望にいささか欠けることによるのではないか?
 国家国民の物心一如の真の繁栄をめざす基本理念を探求していくことが何より
 大切である。しかし立派な基本理念が確立されても、力強く具現していく
 為政者をはじめ各界の指導者に人を得なけば、これはなきにひとしい。
 この観点から真に国家を愛し二十一世紀の日本をよくしていこうとする
 有為の青年を募り、研修、調査、研究、啓蒙活動を行う松下政経塾の設立を
 決意した

  

■事務局次長からの松下政経塾の概要のお話のポイント

 ・創立32年、松下幸之助さんが84歳の時に、日本良くしていこうという青年を
  鍛える場として設立
 ・政治家を目指すための塾ではない。結果論として政治家になる人がいる
 ・国家にも経営の考えが必要と幸之助さんは考え、塾生にも経営感覚を養ってもらう
 ・自修自得が塾の眼目、自分の発意が大切
 ・現地現場に行き、一番苦労している人を接することが大切

 ・自分の身辺の掃除ができない人が政治をきれいにできない
  塾内に「楠」が植えられているのは、葉が落ち掃除をしないといけない環境を
  つくる為と考えられ植えられた
 ・幸之助さんは、学歴がなかったから「素直」になれたと仰っている
  素直とは、私心なく、くもりのない心、とらわれない心、物事の本質をありのまま
  に見ること、自分の利害、感情、先入観にとらわれない 

  また、不自由、不親切の環境の方が人は育つとも仰っていた

 ○途中、松下幸之助89歳時 塾主講話というVTRを見ました。

 ・戦後30年ものが増え復興を初めている。しかし本質的には復興したのかといったら
  まだそうとは言えない。
 ・政治が良い悪いは、戦争に勝った負けたより怖いこと。
 ・松下電機は政治の一員として生産(活動を)している。
 ・平等に政治に口出しして提言をする
 ・良い政治には、良い政治家が必要
 ・本当の政治はこうあるべきだと研究する場、人を集めて教育する
 ・日本の運命と共にする
 ・自らを自らでつくり、宮本武蔵は聖剣になった。自修自得、教授はいらない
  政治の宮本武蔵が生まれる


■続いて塾構内見学
 
 ○建物
 ・某K建設会社への建設要求は、たったひとつ「民主主義」らしさ
  結果として、ギリシャアテネ、地中海風の建物をなったらしい
 ○茶室
 ・茶室の床の間には、創業者直筆の「素直」の掛け軸が飾られていた
 ○寮棟
 ・塾生の寮はワンフロアーの4つ角に4つの個室、中央に共有の和室がある。
  4つの個室はどれも同じ大きさで机・ベット・本棚等々最低限のものがある
 和室には「大忍」の文字が書かれた色紙が額に納められ壁に掲げられていた。
  「大忍」の文字の発端は、先般なくなられた山下社長が4人の副社長を抜いて
  社長になられた創業者が渡したようです。
  そこに込められた思いは「指導者になる者はこの資質がないといけない」
 ○衆知の庭
 ・「衆知の庭」には、一角にスピーカーズコーナーがあり、上に立って演説する為
   の大きな石が一つと、座って聞くための大きな石が数個半円状に置かれている 
 ○アーチ門
 ・正門入口に描かれたモニュメント「明日の太陽」は作者は彫刻家「加藤昭男」先生
  何故、加藤先生が選ばれたかというと、幸之助さんが3人の方に、このモニュメント
  の案の作成を依頼した際に3人から以下のような返答が返ってきたようです。 
  一人目、「如何ようにでもつくります」
  二人目、「こんなでかいのは予算はいくらでしょうか?」
  三人目、設立趣意書を熟読し「その趣旨からこうだと私は考えた」との提案
  *この三人目が加藤先生だった
  また、そのモニュメントに描かれているものにはそれぞれ意味が込められている
  (1)左には[力の象徴]の男性、手にはヒマワリを持っており「花言葉は情熱」
  (2)右には「愛の象徴」の女性、手のひらを「平和の象徴」である鳩が飛び立つ
  (3)中央に政経と書かれた太陽がサンサンと輝く
  「この門をくぐる者は、どんな困難に出会おうとも、愛と平和と正義と勇気で
   太陽に向かっていく」といった思いが込められている。  
 ○黎明の棟
 ・棟の上にある「鐘の音」に相当を拘ったようです。
  善い人も悪い人もこの音を聞いたら善意が芽生えるような音、澄み切った音。
  そんな思いで作った鐘も、実際には使用されておらず、結果的にはシンセ
  サイザーでつくった鐘の音を使っているようです。
  *講義中に実際に数回この音を聞いたが、少し長く高めで染み入るような音でした。
  実際には、棟の上の鐘は使われていないようですが、一度だけ鐘がなったと
  言われていて、それは、東北大震災3.11の揺れで、鐘が揺れ自然に鳴り始め異様な
  音を発したようです。
 ○幸之助さんの銅像
  ・下から見上げてもバランスが釣り合うように顔が大きめに作られる
  ・海外でも幸之助さんは人気があり、中国人がよくこの前で写真を取っている

■政経研究所所長のお話

 此方からの質問に回答する形式で行われた

 ①政経塾は何を持って成功とするのか?
 
 ・幸之助さんは端的に仰っている「本当に経営ができる政治家が一人でも
  出せればいい」
総理を輩出しようとは言っていない。
 ・政治を経営・マネジメントとしてみる
  「経営ができる」とは、例えば、税金を下げれば、低福祉となり、逆に税金を上げれば
  福祉を手厚くできると常識的には考えるが、幸之助さんは、税金は低く抑えても福祉
  は手厚くさせるのが経営の発想、究極的には無税でもいいという帰結点。

 ・企業には「経営理念」がある、国家の経営理念として「国是」の考え導入
  嘗ては政治は「統治」するとの考えで行われていたが、「マネジメント」の考え、
  そして政治に「経営理念」の考えを取り入れようとした第一人者が幸之助さん
 ・知っている人ではなく、できる人を育てる 自分の頭で考え、自ら動ける人 

 ②何故、年齢制限が35歳なのか?

 ・人間には「伸びしろ」がある(大きく伸びる時期がある)
  男性は35歳、女性は30歳、それは体力的な限界による
  朝から研修、夜まで討論会があったりと体力的にきつい
  (因みに、252名の卒業生二十数名女性のOBがいるようです)
 ・1期~10期は30歳迄の年齢制限をしていて当時は学卒者が殆どだった
  11期以降35歳迄に拡大(所長は12期生)
  年齢制限を拡大した背景は、当時政経塾ができて10年経っても政治家が殆ど出て
  いない状態で、社会人を選抜することで社会の現場でどうにもならない事をすぐに
  政治の世界に反映できるような即戦力を選抜する為
  それに伴い、11年目からSchool(学校)ではなく、Institute(研究所)と呼び名が改称
 ・1期は903人の応募の中23人が合格、12期は100人の応募の中から2人合格だが
  大体倍率は30~40倍に結果的になっている
 
 *現在は、60歳以上や女性限定のカリキュラムの構想、今の教育ではリーダーは
  生まれないので小中高大を対象としたカリキュラムの構想もあるそうです
  (現時点では未定)。 
  
③塾生の採用基準は?

 塾生の求められる資質は3つ

 (1)運 (2)愛嬌 (3)意見  
 
 (1)運  例えば、「アフリカ支店を出すけど行ってくれんか」と言われた時
      ここで悩む人は運がない、その場で行くと言う人は運がある
     (機会を活かして自分の運命を切り開いていくといった感じか)

 (2)愛嬌 人に好かれないとリーダー・指導者にはなれない

 (3)意見 自分の意見が言える人
      何故なら自分の意見をいう事には責任が伴うから



 ○現首相の野田佳彦さんの入塾選考はこんな感じだったらしい

 ・幸之助さんからの質問に野田さんが回答する場面
  (1)「お父さんは政治家か」 「いいえ、自営です」
  (2)「家はお金持ちか」   「貧しいほうです」
  (3)「誰か支援してくれる人はいるか」 「おりません」
  *議員になるための常識として上から(1)地盤(2)カバン(3)看板が必要ならしい   
 ・幸之助さんの反応は「素人か、それええな」
  ●素人だからこそのメリットがある。既成概念に囚われない考えができる
、との意
  
 ・また、入塾した際に、野田さんから「3バンがない人が選ばれたのは何故?」と質問に
  「わしは政治は素人や、今の政治を見ていると素人の私でもほっとけなんだ」 
  「今の政治を見ていていいと思うか、よくないと思うか、良くないことは素人の方が
   変えやすい」
 
 ・因みに、野田さんの街頭演説をする際のキャッチフレーズは
  「3バンないが、されど正義と良き友あり」

 ○少し話がそれますが、茶室で幸之助さんが怒ったことがあったという

  塾生が販売研修に行って、そこで気が付いたことを幸之助さんに報告した際、
  塾生からはパンフレットはこうした方がいい、セールストークは、こうしたら
  もっと売れるといった批評や提案ばかり、そこで

  「同じ看板、同じ商品を扱っていて何で売り上げに違いがでるのか」

  「単なる電気屋に行かせている訳ではない、中小企業では、如何に従業員に
   働いてもらうのが難しいか、120%人を活用してほしい、現場で人情の機微
   を学んでこい」
 「熱い思い、熱意があると人は変わる」
   
  このことを学んできなさいと論したという

④素志研修とは?

 ・自分が志したテーマを現場で体験し、それを持ち帰って仲間や有識者と協議して
  磨いて行く作業  (志を磨くといよりは、テーマを深堀していく感じがした)
 ・志とは、野心、野望とは違う。政治家にならないとできない、は違う
  自分の事だけではない、自分の事を越えたもの

 ○少し話がそれますが、「素直な心」とは「融通無碍な心」の事で
  幸之助さんは商売は、丁稚奉公から学んだを言われており
  旦那の癖まで、良いも悪いも全て吸収する必要がある、
  例えるなら、瓶の中は全部からにしないと全部入れられない
  一旦全てを空にして、すべてを受け入れてしまう、あとどう活かすかは経営者次第 
 ・聞くとは知恵を頂くこと
  上得意の声は聞くが、一元の声を聞かない、ではいけない
  
 ●地位や名誉が高くなると耳は閉じいていくのが人間のサガ
  聞くとは、人を受け入れること。技術で教えることはできない、心の問題
  人に対する愛情とか関心があるかどうか
  (Talkは技術の側面があり話し方教室があるように教える事ができる)



■感じたこと

政経塾では、常設の講師や教授はおらず、「自修自得」を原則としていました。
つまり、自分で問題意識を持って自らが自問自答しながら考えて行動する、
そのサポートをする場として政経塾がある、とのスタンス。
入塾選考基準が3つありましたが、もっと本質的には、自らの強い内発的な思いが
あれば、それら3つの資質はついてくるのではないかと思います。
何故なら、その自らの思いを叶えるには、人の協力を得ないといけませんし、
その為には自分の意見をしっかり語ることも必要になってきます。また、思い
が強ければ強い程、外への積極性も増し必要な人と巡り合う確率も高まるので
運も付いてくると思います。

この強い内発的な思いを持つ人が現代では少なくなってきているのではないかと
思います。その背景には、幸之助さんが仰っていた「不自由・不親切の環境の方が
人は育つ」といっていた事にヒント
があるのではないかと感じます。

物事は必ず二面性を持っており、豊かになればなるほど、自分で考えたり、自分で
苦労して何かを行うといった機会が減ってきます。

幸之助さんも幼少に丁稚奉公に出されましたが、そこでの苦労が商売の学びの原点を
なって「水道哲学」等の内発的な思いを持つに至ったと思います。

そう考えると、今の自分の安全地帯から一歩外に歩み出す、それは違う部署かも
しれないし、海外かもしれないし、外に出たその時に自分の心の奥底に感じた事は
何かを考え、その思いを胸に行動していく事が大切になってくるのではないかと
思います。それは成人してからのことでなくてもよくて、如何に幼少期から自分の
内に熱い思いを持って、自修自得の考えで行動できるか、そういった人をどうやって
育てていくか、今後の日本の未来を大きく左右することになるのではないかと思います。


幸之助さんがある朝、茶室で調子が悪そうに目を真っ赤にしている事があり
その理由を世話役の塾生が聞くと「日本の未来を考えると眠れなかった」との返答が
返ってきたそうで、晩年になっても日本の将来を憂い心底心配していた表れです。
幸之助さんが思い描いた日本には、今はまだ程遠いのかもしれませんが、幸之助さん
の内発的な思いがなした事、それは、1918年に「ものづくり」松下電器創、1946年
には「理念づくり」PHP研究所の設立、1979年に「国家経営を考えれる指導者づくり」
松下政経塾を設立したことは、非常に偉大なことだと改めで感じさせられました。

余談ですが、政経塾創設が幸之助さん85歳の時で、それ以降の発言発声は紀州弁と
御高齢が相まって聞き取り難く為、現在石川金沢の紀州弁がわかる人に御願いして、
晩年の声を解読しているようですので今後更なる展開が期待できそうです。

12.5.25. 東芝 西田 厚聰会長の講演を聞いて

5/25に東芝 西田厚聰会長のお話を聞いてきました(遅刻して冒頭聞き逃しましたが)。

非常にネアカの方で、大きな声で笑う姿が印象的でした。

記憶に残った事を簡単に要点を書くと以下の事を仰っていました。

■経営には以下のプロセスが重要
 
 ①「判断」するプロセス
 ②「決断」するプロセス
 ③「実行」するプロセス

 ・この中での、特に重要なのが、「判断」。
  何故なら、「判断」を誤れば、その後の「決断」も「実行」も間違った方向に行って
  しまうから
。よって、最初の判断を間違えば、リーダーは失格。

 ・ただ、判断に「正しさ」を求めてはいけない、何が正しいかは何年も経ってみないと
  分からない。限られた「時間」と「情報」の中で競争するのがビジネスの世界、
  その中で「最適な判断」をしていかなければならない。
 
  (西田会長が社長時代に、原子炉技術大手のウェスティングハウス・エレクトリック社
   を買収しており、買収当時の06年は周囲からの非難があったが07年には一転して
評価を得、しかしまた、11年の震災で再度厳しい意見がある中「(年単位では粗く
なるが)50年スパンで投資をしている」とのコメントに繋がっている)

 ・変数や置かれた環境が様々な中「最適な判断」をするには、広く深く考えないといけ
ないとグローバルな中では太刀打ちできない。その為には仕事以外の事、「リベラル
アーツ」を知らないといけない。


  ○講演の後の質疑応答で、「ドイツやフランスでビジネスをした際に東京大学院で
西洋政治思想史を専攻し、その国々の本を読んでいた事が役に立った」を仰って
いたことに通じる

 
 ・判断力を磨く研究はまだ未開拓で結論がない、その中で過去にカントは判断とは
  「具体的な特別なものを抽象化できる不思議な能力」といった事を言っている。

 ・判断の精度を上げるには「自己内対話」をすべき。つまり、他人の立場に立ってり
  自分から離れて客観的、対象化して物事みる事が大切。


  
  以上が「判断」のプロセスで、他のプロセスは短いコメント

 ・「決断」には「タイミング」が重要、「実行」には「胆識」、固い意志が必要

■全体的な事

 ・人間は、論理 VS 感情(非合理)の二律背反的な存在、
  その中で、言葉を使ったコミュニケーションが重要、
  (単なるおしゃべりでなく)コミュニケーションを支える「考え方」も重要


 ・使命感を持たないと、組織企業は存続しない

■質疑の中で

 <今の電機業界について>
 ・コモディティー化したものに対しては、日本の高コスト体質ではVertical
  integration(垂直統合)は不可能
 ・安くする為には「標準化」が必要、でもそれではどこの国でもつくれてしまう。
  だから「差異化」が必要だが、高くなってしまう。
  この二律背反の世界の両方を両立させないといけない

 
 ○対談者から「欧米が参入しているものはコモデティー化しない、中国・台湾が
  参入するとコモディティー化すると言われている」とのコメントがあり、その
  中国・台湾メーカーが参入する基準はそれらの国の技術水準が今どこになるか
  なのだと思う。(その水準を見極め)「差異化or撤退の判断をして、経営の根幹
  である選択と集中を行っていく必要がある」

 <グローバルリーダーについて>
 ・海外の現地会社のTOPを、現地人にすべきか?それとも日本人を送り込むべきか?
  はジレンマでどっちがいいか明確なものはない。何故なら、
 
  ①もし、現地人に全て任せてしまうと、現地人が一番なんでも知っている状態に
   なり「俺の通りやれ」となってしまう(実際西田さんはこれで一社会社を潰したらしい)
 
  ②日本人を送り込むと、政治、経済、文化、言語の壁があり、更にローテーションで
   いつか日本に戻ってきてしまう

  重要なことは「マネジメントが東京本社からでもちゃんとできるかどうか」
  
■最後のメッセージ

 ・P.F.ドラッカーは次の事を言っている「リーダーシップとは学ばなければいけない
  ものだし、学べるものだ」 


 ・常につくるものは未来、未来へのスタンスをきっちりもっておく
  未来は予測する為にあるのではなく、つくりあげる為にある

 ・ものごとを悲観的、消極的ではなく「肯定的」「積極的」「楽観的」にみること。
  (楽天と楽観は違う)



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